4/28/2010

フロッピーの話 第3話

90年代前半まで、日本のオフィスで主役のパソコンはNECの9801シリーズだったので、それが採用している2HD 1.2MBのフロッピーは間違いなく業界標準の地位にあった。AXパソコンやJ3100など、IBM PC互換を謳ったパソコンでも1.2MBのフロッピーが読めなければ市場に入り込めない状態が続いていた。だが、DOS/Vの登場とWindows 3.1の登場でNECのポジションが揺らぐ。圧倒的に安価なパソコンが供給されはじめ、Windowsが過去のソフトとの互換性の問題を絶ち切ってしまったのだ。NECも9821でIBMと同じ1.44MBのフロッピーを採用することになった。

そしてWindows 95の登場。これによって、ユーザーはついにPC-98の流れと決別することになった。そしてようやくフロッピーは2DD 720KB、2HD 1.44MBが標準となる。しかし、1.2MBのフロッピーの読み書きができる3モード対応のフロッピー・ドライブは今でも販売されている。一方で、2DD 640KBのディスクに書き込まれたデータは、もはや読み出すことができなくなってしまった。

その3年後の1998年、ついにフロッピー・ドライブを持たないコンピューターiMacが登場。小サイズのデータ交換はネットワークを通じて行うことが一般化することとなった。iMacの登場後も、フロッピー・ドライブはUSBで増設されてしばらく使われ続けたが、Macユーザーにとって重要なことは、ここでついに400KB、800KBのフロッピーが切り捨てられ、そこに蓄積されたデータやアプリは全く読み出せなくなってしまったということだ。MacGolf、Studio Sessionなどのソフトとのお別れだ。さらにその3年後の2001年、OS Xのデビューで、Macはフロッピーとほぼ決別することとなった。現時点で、USBでフロッピー・ドライブを接続しても、Snow Leopardではフロッピーにまともに読み書きできない。

そのかたわら、PCがフロッピー・ドライブを搭載しなくなったのはMacより5年はあとだ。自作PCではあいかわらずフロッピー・ドライブは搭載されつづけてきた。ハードディスクなしに手軽にPCを起動させることができるメリットがあったからだろうか。だが、この2〜3年でUSBフラッシュ・メモリーが低価格化し、そこからの起動も簡単にできるようになると、ついにフロッピーにも終焉の時が来たのだなとしみじみと感じる。

振り返ってみると、フロッピーはデータの交換に重宝してきたようだが、わりと互換性には問題があったのだなと思う。記録したものを読める環境がなくなるというのはかなり致命的な問題だ。文書をいくら電子化しても、読めなくなっては意味がない。結局、紙に印刷したものの「記録力」の方が高かったということになる。

ハードディスクにしても、今やSASI、SCSI、PATAといったインターフェースが過去のものとなろうとしている。MO、ZIPなど、もっと短命なメディアもあった。

民生品に目を向けると、レコード、カセットテープ、DAT、VHSビデオ、そしてMDさえも過去のメディアとなりつつある。ある媒体にアーカイブされたものは、それを読み出す装置なくしてはなんら意味を持たない。

結局のところ、データを保存するためには、いつも最新のメディアに最良の状態でコピーし続けるしかないということだ。しかも、分散して同じものをできるだけ大量に。コピー・プロテクトがくだらない考えだと思う根拠はこういうことだ。

...もうちょっとつづく

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