Linotype、今日ではコンピューター用フォントのメーカーとしては知られているが、かつては世界中の新聞社、出版社、印刷会社に活字の自動鋳造植字システムの販売・メンテナンスをする一大企業だったことは、日本人にはあまり馴染みがない。私もほとんど知らなかった。しかし、この自動鋳造植字システムが稼働している様子を一度でも見てしまうと、もうその虜にならずにはすまない。おそろしく複雑でありながら全く仕組みに無駄がなく、またどこか人間的だ。私は偶然、2014年早々に、動くLinotypeをYouTubeで「発見」して強烈な感動をおぼえたのだった。
映画「LINOTYPE: THE FILM」
DTPが普及して、あらゆる場面で活字が使われる現代においても、125年前に発明されたこの機械に魅力を感じるのは若い世代でも同様なようで、2012年にはアメリカのDTP世代の若者3人組により、「Linotype, the Film」という映画が制作され公開されていた。さらに2013年にDVDとBlu-rayが発売されていた。ただし、日本国内では売ってない。あのAmazonにもない!
なんとアメリカでは、iTunesとAmazonでストリーミング鑑賞できるのだが、日本で見られる設定になっていない。結局、映画の公式ウェブサイトのオンライン・ショップで購入するしかないので、そこに注文。PayPalで送料14ドルを含めて38.95ドル − 約4,000円を支払った。PayPalでの手続きは簡単で、お届け先住所が英語表記になっていればいいだけ。
待ち遠しい1週間を経て、到着したDVDをプレーヤーにセットしたら、なんと日本語字幕付き! 後で知ったのだが、映画のクレジットなどで使われている文字のフォントのデザインを手がけたのが、イギリスのMonotype社の日本人デザイナー:大曲都市という方で、この方によって日本語字幕がつけられたとのこと。これは嬉しかった。英語での鑑賞覚悟だったからね。
映画はLinotypeをめぐる2つの人間ドラマを描き出す。ひとつはLinotypeを発明し、提供した人々と会社、もうひとつはLinotypeを使う人と社会。
19世紀、ニュースへの需要が高まるが、13世紀のグーテンベルグ(Gutenberg)以来、活字印刷はたくさんの人手と時間をかけなければいけない作業だった。そこで活字拾いや組版の作業の高速化に、数々の試行錯誤されるようになる。マーク・トウェイン(Mark Twain)などは、著作で得た金のすべてを自動植字機への投資にあてたがものにならず、破産したのだそうだ。たくさんの挑戦がなされる中、ドイツからのアメリカ移民で時計職人のマーゲンタラー(Mergenthaler)の発明したLinotypeが世界を変えることになる。文字をタイプするだけで、1行ずつ活字をまとめて鋳造するLinotypeは瞬く間に新聞社に普及し、新聞を日刊化させ、ページ数を増やし、その上コストを著しく下げた。
情報が安く提供されると、出版物への需要は増し、さらに雇用も増えるという好循環をもたらす。一方で、設立されたLinotype社は資本家に牛耳られて、心労からマーゲンタラーは身体をこわし、44歳で亡くなってしまう。
Linotypeを導入した会社では、この機械を操るために多くの人が雇われ、技術的に熟練し、やがて情報産業の担い手として仕事に喜びと誇りを持つようになる。Linotypeというどこか人間的な機械と1対1で向き合い、愛着を深め、自分の人生をつぎ込んでいく。
ところがその蜜月は唐突に終わりを迎える。1970年代後半、写真植字と電算処理技術が十分なレベルに達し、あっという間にLinotypeを駆逐してしまうのだ。Linotypeが雇用を生んだのとは対称的に、熟練したオペレーターは突然に行き場を失ってしまった。
古い機械は博物館にしか行き場はなく、ほとんどがスクラップにされ、人だけがとりのこされて思い出とだけ生きている。
Linotypeの時代は80年も続いた。しかし、電算写植は30年もたなかった。Linotype社は合併、買収が繰り返されるうち、ハードウェアからは手を引いて、現在はフォントを開発・販売している。
映画はこの2つのドラマを、Linotypeに関わった人々へのインタビューから紡ぎだす。皆がこの極めて「特異」な機械に対して愛情たっぷりである。映画でインタビューに応じた何人かはすでに故人となった。貴重な記録であり、良質のエンターテイメントだった。
>Linotype の魅力 (2)
>Linotype の魅力 (3)
>Linotype の魅力 (4)
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