1/24/2014

Linotype の魅力 (2)

19世紀の終わりに登場した、この筆舌に尽くしがたい驚異的な自動鋳植機の驚異(wonder)の数々をあえて列挙してみたい。

活字製版の複数の課題をひとつの機械で解決している


よくもこれだけの機能をひとつの機械に集約したものだと驚愕する。しかもすべてハードウェア的に機能を実装しているのがすごい。

もともと、活字による組版は気の遠くなるような作業だ。使用される文字を予め鋳造して文字ごとに棚に並べておく。それを原稿に従って作業員が一文字ずつ指で拾っては、手元で正確に並べていく。誤ってひっくり返したら最初からやり直しだ。並べた活字に適度な隙間をとってインテル(interline / lead)とかクワタ(quadrat)と呼ばれる充填材で埋め、ゲラ(galley)に配置する。ここで一旦インクをつけて刷り(ゲラ刷り)、校正作業を行う。修正が終わったら紙面用に大きなレイアウトへの組み付け(imposing)を行う。これにインクをつけて紙に刷るのだが、さらに大量印刷する場合には、組み付けした版を紙型(しけい)に型取って、最終的な刷り用の鉛を流し込み、それを輪転機にかけて印刷する。使用済みの活字はばらばらにされ、洗浄した後、再び作業員の手により文字ごとにもとの棚に戻される。

時間も人手もかかるし、当然のことながら高コストだ。13世紀以来500年にわたって、おおよそこの一連工程が続いていた。いろんな効率化が試されたが、どれも決定的なものはなかった。

オットマー・マーゲンターラー(Ottmar Mergenthaler)は1876年にこれら業界がかかえる問題の解決を持ちかけられる。依頼からわずか10年後の1886年、彼は"Blower"という1台の機械により見事にほとんどの難題をクリアする。製品は"Linotype"として、このあと80年に渡りほぼ形を変えずに印刷・出版業界を席巻することになる。悲劇的にも、マーゲンダラーは20世紀にLinotypeが圧倒的な成功をおさめるのを見ずにこの世を去っている。

実装されているアイディア


活字ではなく金型を使いまわす
これまでの印刷工程の中では、あらかじめ鋳造された活字をぐるぐると使いまわしていた。Linotypeでは1文字ごとに用意されたマトリクス(matrix)という金型を短時間で使い回し、鋳造した活字は使い捨てにした。(鉛は融かして再利用する。)

使う活字の金型はタイプして並べる
タイプライターのようにタイプすれば、対応する文字の金型が自動的に選択され順番通り配列するようにした。この仕組で、活字をひとつひとつ指で拾う手間と、校正前の多くの間違いは排除できた。タイプ部分は金型種類と対応して90のキーが用意された。

文字ごとに幅の違う金型を用意
一方で、タイプライターの文字は等幅である。しかし、それだと「W」でも「i」でも同じ文字送りになってしまい、出版物としては見栄えが悪い上に書体も選べない。文字ごとに幅を変えることで、セリフ、サンセリフなどの美しい書体で文章を組めるようにした。

活字を1行単位で鋳造する
インテルなしに段落の送りを設定できる上、作業中に活字がバラけてしまう心配がなくなった。タイプした1行分の金型は、すぐに脇にある鋳造機に送り込まれ、次のタイプ作業をしている間に1本のスラグ(slug)として出来上がり、並べられていく。これにより組版の質とスピードが格段に向上した。

文章の両端揃え(justification)ができる
スペースバンドという、くさび形を組み合わせた特殊な充填用金型を用意することで、単語間のスペース幅が調整され、文字幅や文字数によらず、左右両端がピッチリとそろった段落構成を自動的に行えるようになった。

使用済みの金型を自動整理
金型は文字ごとに異なる鍵欠きがされており、鋳造が終わって使用済みとなった金型は自動的にもとの場所に整理される。

ひとつのモーターで全部が駆動する
これら一連の複雑な作業のすべてを、一機のモーターからの動力をベルトとギヤで振り分けることで実現している。



全体がひとつのハーモニーとなっている


金型による植字、一行分の活字スラグの鋳造、使用済み金型の仕分け。この一連の工程が見事にたった1台のマシーンに集約され、たったひとりのオペレーターにより運用される。

こうした複雑な機構を設計できたのは、マーゲンターラーが時計職人であったからこそだろう。まさにからくり時計である。ただ、からくり時計と違うのは、これが出版物を生産するマシーンであるということだ。時計はそれ自体で完結している。しかし、Linotypeは印刷・出版という産業を育てる原動力となった。この機械によって作られた出版物を含めて、ひとつの現象なのだ。

そしてこの機械はほとんど形を変えずに1970年代後半まで80年以上に渡り、世界の印刷工場の主役を担ったのだ。




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