1/28/2014

Linotype の魅力 (4)

80年以上、約1世紀にわたって君臨してきたLinotypeの終焉もまたドラマチックだ。この終焉への過程とその後を知るほどに、Linotypeの歴史的面での魅力は増大する。

我が世誰ぞ常ならむ


1970年代の終盤、写真植字とオフセット印刷の進化が、Linotypeどころか活版印刷をまるごといっきに崖から突き落とす。

変化は急速であったが、写真植字もオフセット印刷も突然に現れたものではない。写真植字が開発されたのは1940年代だし、オフセット印刷技術はLinotypeより15年も前だ。1970年代の後半になるまで、どちらも活版印刷に比べてアドバンテージがなかったにすぎない。

写植による詰め打ち 斜体の例
写真植字は実に30年以上の時間をかけて進化し、電算処理と結びつくことでようやくLinotypeの生産性と品質を超える。写植により、各文字のマージンの取り方や表現には自由度が増した。オフセット印刷のための版下作成は、紙の切り貼り、熔けた鉛はいらない。あとはそれをフィルムにとって刷り用のアルミ版に焼き付ける。写真とほぼ同じ工程だ。品質やコスト・パフォーマンスも十分となり、熱くて重く、取り扱いのやっかいな鉛の活字の時代はあっという間に終わる。

一旦コスト・パフォーマンスで優位に立てば、もうLinotypeとその熟練オペレーターに行き場はない。Linotypeが登場した頃は安くて早い印刷物への需要が高まり、たくさんの雇用が創出された。今回はそれとは違う。印刷への需要の伸びは雇用の削減に及ばない。数年のうちにLinotypeは熟練オペレーターとともにスクラップとなってしまった。

浅き夢見じ


Linotype社の方は当然新しい技術を導入して生き残りを計る。1974年にはLinotron 505という写植機を市場投入している。ただクールに仕事をこなすためだけの、こじんまりとした人間味のない機械だ。これが動いている様子がYouTubeの動画で見られたとしても、何ひとつ面白く無い。以降、Linotype社が出すマシーンは、見て面白いものが無くなるが、ドラマは続く。

多くのLinotypeが破棄されてからまだ10年もたたない1984年、AppleのMacintoshが登場する。翌年、AppleはAdobeのPostScriptを搭載したLaserWriterを発表、同じ日にAldusが史上初のDTPソフト、PageMakerを送り出す。(この共に頭文字が"A"の3社のコラボレートも、時代の奇蹟としてドラマチックで、語り始めるときりがないが、この場はLinotypeの話。)

まだ天下をとって間もない写植機は、たった10年あまりのうちに、個人でも買えるこの小さなコンピューターに市場を脅かされることになる。Linotype社はMacintoshとAdobeのPostScript技術の将来性に気付き、1988年にPostScriptイメージセッターを市場投入する。イメージセッターは言わば高精細のパソコン用プリンターで、普通紙のかわりに印画紙やフィルムに出力する印刷のプロ用機材だ。

この時点で、活字は構成要素のデータのひとつとして、イメージと組み合わせてコンピューターで処理されて出力されるものになった。もはや金属に刻まれていたり、ネガ・フィルムに写されている物理的なメディアではなくなったわけだ。

Linotype社のイメージセッターはオフセット印刷のためのフィルム出力のスタンダードの地位を得るが、これも長くは続かない。やがてオフセット印刷はフィルムを必要としなくなる。コンピューターから直接、刷り用アルミ版を作る技術(CTP:Computer to Plate)が一般化し、イメージ・セッターの市場も10年ちょっとで無くなってしまうのだ。

レガシーは手のひらの中に


Linotypeの自動鋳造植字機が80年、写植機20年、イメージセッターが10年。近年の技術進歩の速さと雇用の縮小ぶりに驚く。LinotypeもMonotypeも今やフォント、つまりタイポグラフィーの提供会社としてひとつになった。そのフォントも、かつては数々の技術者の手によって届けられていたものが、現在はデザイナーとエンド・ユーザーが直結している。ハードウェアがすべてのアルゴリズムを処理していた時代から、ソフトウェアが中心の時代になった。

「活字離れ」なんてとんでもない。現代は活字の溢れる時代だ。「活字になる」という言葉があるように、つい20年ほど前まで活字は憧れの対象であり権威だった。Linotypeはそんな時代を象徴するマシンだ。Linotypeの有名なフォントHelveticaは、もはや「印刷」からも切り離され、ユーザーが手の中で日々の個人的コミュニケーションに使う道具のひとつである。



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